miuzic’s diary

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【KIRI】ピザは好きだ。でも嫌いだ。

2月になってもまだ街は雪だらけだ。今日は除雪車が来なかったらしい。道の両脇には埋もれた車の列が並んでいる。僕はぼんやりとまだ半分寝ている頭を冷たい窓に押し当てた。何も変わらない、いつもの日常。

庭で黒いフワフワしたものが動いている。片手で眼鏡を探すが見つからない。でもそれが何かはもう分かっている。サイモンは今日も元気よく遊んでいる。何も変わらない、いつもの日常。

準備をすませ、靴を履き玄関の扉に手をかける。いつもより重たい、いつもより冷たい、いつもより大きい。そんなはずはないのに。外に出るとサイモンが駆け寄ってきて、ニャーとあいさつをしてきた。何も変わらない、いつもの日常。

稽古場につき、電気をつけて一人掃除を始めた。今日、マイケルは午後からの出席だったと思い出す。窓の外に視線を向けると自由の女神の背中が見えた。何も変わらない、いつもの日常。

稽古は順調に進み、いつも通りの時間に終わった。すると慌ててマイケルが稽古場に大きな箱を持って飛び込んできた。中身は見なくとも分かる、昼ごはんだ。いつものピザだ。何も変わらない、いつもの日常。

ところが箱を開けるとそこにはメッセージが。

「Thanks KIRI! Good luck in Tokyo! See you again!」

少し変わり始めた、いつもの日常。

震える手で一枚を取り食べるが味はしない。でも初稽古の記憶が溢れ出す。二口目、マイケルと歌ったあの曲たちが蘇る。三口目、初ステージの夜が鮮やかに描かれる。四口目、五口目、ピザが足りない、もっと思い出したい、もう思い出したくない。視界は滲み、気が付くと目の前はピザのミミだらけだ。「そこを残す癖は直せよ、あっちの人は几帳面なんだろ?」とマイケルは笑った。

ピザは好きだ。でも嫌いだ。楽しかったあの日々がかえってきてしまう。今日もまたピザを食べる。けして忘れてはいけない、僕の歌にとって大切な何かがそこにあるからだ。僕の背中を押し、歌を愛してくれた仲間たちとの大切な絆だから。食べるとニューヨークの景色が滲んで見えてくる。

ピザは僕の日常を大きく変えた。

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